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真夏の蜻蛉・・・24

昌徳宮、午後3時。
真夏の太陽はまだ天空を熱く焦がしている。蓮の池の上にゆらゆらと蜃気楼が立ち上り、二匹の蜻蛉が蓮の葉の上を飛び交っているのを眺めながら額に滲みでる汗を手のひらで拭ったチェギョンは、自分の方にやってくる一人の女官の姿に気がついた。どうやら体操服が出来あがったようだ。チェギョンは、池の辺から立ち上がると女官ににっこりと微笑んだ。

「暑かったでございましょう?お嬢様。」

女官は氷水の入ったコップを差し出し、同じようにチェギョンに微笑む。遠慮がちにもほんの少し頭を下げたチェギョンは、冷たいコップを手にしてそれを一気に飲み干し女官の持つ盆の上に静かに置いた。女官に案内されて殿閣に戻り体操服に着替え、宮殿の出口を尋ねる。

「このままお帰りですか?」
「はい」

「殿下には」
「シン君にはまた明日の朝、いつものとおり来ますって伝えてください」

「畏まりました」

恭しく頭を下げ、門まで見送ると言った女官を丁重に断り、チェギョンは急ぎ足で昌徳宮を出た。家へ帰らなければと思ったが、自転車は学校に置いたままだ。

「王子様のやることはいまいちわかんないわ。ヒョリンにプロポーズするかと思えば、私を昌徳宮に連れてきちゃうなんて、もうもう意味不明よ。」

ギュッと握った拳を昌徳宮の大門に向かって大きく繰り出そうとして衛兵と目が合ってしまったチェギョンは、小さく舌打ちして首を竦めた。

「あーもうっ!やめやめ!思いっきり吐いたからなんだかお腹がすいてきた。いやだ、もう4時じゃない。早く自転車取りに行こう。」

来た道を戻り再び学校の教室に忍び足で入ったチェギョン。生徒はすでにそれぞれの課外活動に出ていてホッと胸を撫で降ろした彼女は、カバンと制服を取りにロッカー室へ向かった。

「ちょっと!チェギョン!」
「ひやっ!ガ、ガンヒョン!?まだ…帰ってなかったの?」

「帰るわけないでしょ!制服とカバンは置きっぱなしだし、アンタの家に電話したら帰っていないっていうじゃない。先生方に聞いたって教えてくれないし!一体なにがあったのよ。」
「ウ、ウチに電話、、したの?」

「当り前でしょ。ああ、心配すると思って上手くおばさんには言っておいたけれど。」
「ガンヒョ~ン」

腕を組んでメガネをくいっと上げたガンヒョンにチェギョンは両手を合わせて必死で頭を下げる。シンに昌徳宮へ保健室から連行されただなんて口が裂けても言えやしない。どう言い訳しようか黒目がちの瞳をクルクルとまわして必死に考え込んだ彼女を見てガンヒョンは大きくため息をついた。

「ま、言いたくない事だってあるでしょ。秘密にしておきたい事だってね。私との付き合いはそんなものだから。」
「ち、違うの。い、今はその、その言えないの。許して~」

チェギョンが不器用でバカ正直で嘘がつけないって事はよく解っているガンヒョンだ。必死で拝むチェギョンの頭をポンポンと叩いたガンヒョンは、仕方ないとばかりに彼女の顔を覗き込んだ。

「この貸しは大きいからね!」
「う、うわーん、ガンヒョ~ン」












「ただいま、母さん。お腹ペコペコ…」
「ちょっと、チェギョン!」

台所から母親のチュ・ユナが手を拭き拭き出て来る。味噌チゲの匂いがチェギョンの鼻をくすぐり近付く母親を横目に、一目散に鍋のふたを開けて嬉しそうに覗き込んだ。

「美味しそう!」

ユナは、呑気に鍋を覗き込んでいるチェギョンの腕を掴みダイニングテーブルに座らせると、正面に自分も座ってチェギョンの手を握った。ガンヒョンの電話の事だと思ったチェギョンは、何事もなかったようにまっすぐユナの顔をみると笑顔で口を開く。

「ガンヒョンなら途中まで一緒に帰ってきたよ、母さん」
「そうじゃないわよ。今、昌徳宮のキム内官という方から電話があったのよ。あなた、宮に何か失礼な事したの?」

「えっ!?キ、キム内…官さん」
「もう来なくてもいい、ということだけお嬢様にお伝えくださいって、どういうこと?」

「あ、」

「なにか、母さんに隠しているわよね?」
「ち、違うって」

「何が違うのよ。」
「ボ、ボランティアなの。」

「ボランティア?」
「そ、そう。宮の庭園の草取りのボランティアの募集をしていたから、」

母に嘘をつく。
チェギョンの胸がチクリと傷んだ。

「草取り?」
「うん、だから学校が終わったら少しの時間だけお手伝いしようと思って」

「ああ、それで毎日自転車で通っていたの?」
「う、うん、黙っていてごめんね。だけどお庭を見るのも楽しみで」

「チェギョン、それ本当なの?」
「母さん、本当よ」

「そう、わかったわ。」

ユナは安心したように立ち上がると白いレースの付いたエプロンに取り換え身なりを整えた。

「チェギョン、それ今日の夕飯ね。父さんが帰ってきたら温めてあげて頂戴。かあさんは、いまから母屋のお食事を作りにいくから、頼んだわ」
「うん。いってらっしゃい、母さん」


ごめんね、かあさん。
だけどもう来なくていいなんて、どういう風のふきまわしだろ。
でも、これで私は自由だわ。
あ、そうだ…
ユル殿下のお誕生日パーティ、どうしよう。
アイツもきっと来るだろうけれど…
ま、向こうから断ってきたんだから問題は…ないよね。
せっかく母さんがドレスを買ってくれたんだもん。
一生に一度になるかもしれないパーティなんだから行かない手はないわよ。

≪どうせパーティの御馳走目当てなんだよな、これだから庶民は…≫

シン君め。
ふん。
何と言われようが庶民は庶民でしっかり楽しませていただきますっ!







皇太孫イ・ユルの誕生パーティがある土曜日は、あいにく朝から細かい雨が降り続いていた。夏特有の蒸し暑さに加え、ガーデンでのパーティはこの分だと出来そうにもないということが、ヒョリンにとってはひどく残念で仕方がない。水原の離宮にはガーデンから大広間に続く大理石の大階段があることは誰でも知っている。だが実際にその場に立った者は政財界の大物ばかり。いくら王族会に属した財閥の令嬢であっても簡単には近付けない場所なのだ。
ユルとの約束、それは自分をパーティでエスコートすること。今日はその約束を大階段で果たしてもらおうとヒョリンは思っていたのだった。

「ね、お母様、早めに出発していいかしら。準備は向こうでしたいの。この雨ですもの、ドレスは着ていけないわ」
「そうね、お父様はお仕事で少し遅れるっていうから、お母様の車をお使いなさい。あ、チェギョンちゃんも一緒にいくのでしょう?そういえばドレスはどうしたのかしら。」

スンレは、娘のヒョリンのドレスをまとめると、お手伝いに車まで運ぶように声を掛ける。

「大丈夫よ、ミンさんが買ったって聞いたし、チェギョンからは一緒に行くっていう話は聞いていないわ。多分同じクラスのお友達と行くのじゃないかしら?」
「そう?それならばいいけれど。あいにくよね。せっかくのパーティなのに。」

窓辺のレースのカーテンを手繰ってスンレは残念そうに雨空を見上げた。そして、美しく成長した愛娘を満足そうに見つめる。

あの時もこんな蒸し暑い夜だったわ。
ずっと待ち望んでいたこの子。
生まれた時あまりの痛みで気を失ってしまったけれど、胸には可愛らしい痣があって…
ああ、違うわ。
痣はなくて綺麗な胸だった…
そう、そうだったわ。
ミンさんに無理やり捨て子だったチェギョンちゃんをお願いしてしまったけれど、結局みんな幸せになれた。
チェギョンちゃん、本当に素直でいい子だわ。
あの子、色白だから何色のドレスを着てもきっと似合うわね…


「ね、お母様…お母様ったら!」
「え?ああ、ごめんなさい。あなたが生まれた頃のこと思い出していたのよ。こんなに小さかったあなたが立派なレディになったのですもの…なのに、この雨」

「お母様…そんなに残念がらないで。私この日を楽しみにしていたのよ」
「ええ、そうね。碧龍君様は貴方をエスコートして下さるかしら」

「お母様、まだ私達の事は内緒なのでしょ?皇太孫殿下のお相手が決まるまでは」
「ええ、そうよ。だけどあなた達はもう…」

「私ね、お母様。お祖父同士のお約束はよく存じています。だけど私の気持ちまでは縛って欲しくないの」
「ヒョリン、それって…」

「私、皇太孫殿下が好きなの。どうしようもないくらい」
「え?」

「だからお母様、何があったとしても味方になって欲しいの。」
「ヒョリン…そんな、そんな事」

「幸せになりたいの、好きな人と」
「…」

娘の顔を驚いたように見つめるスンレの後ろの窓の外では、雨が大粒に替わろうとしていた。




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Author:hana
韓国ドラマ【宮】をベースにした妄想話を綴っています。王道ありパラレルあり、風の吹くまま気の向くまま…

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