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朔望の宵空・・・5

「殿下、御気分はいかがですか?」
「ああ、コン内官。まだ少し頭痛がする。今何時だ?」

「昼をとうに過ぎております。薬湯をお持ちしました。」


景福宮、東宮殿寝室。
皇太子イ・シンは、心配顔の内官、コンから薬湯が入った器を受けとった。
器の黒い液体を見つめほんの少し躊躇したあと一気に飲み干した。

「毎夜どちらへお越しになられているのですか?女官達が探しておりました。」
「どこにも行かないが・・・」

「殿下、実はとても言いにくいことなのですが・・・」
「どうした?コン内官。」

「最近、殿下のお姿が見えなくなる時がございます。」
「僕は透明人間か。」

「お戯れを・・・」
「ははは、すまない。」

枕を腰に当ててベットの上に気だるそうに起き上がったシンは、手を組んで俯く従者の顔を見上げた。
大学卒業後は皇族の一員として、将来の王室を担う皇太子として、重き責務が待ち受けている。
せめて大学生活最後の1年間は自由にと、父親である皇帝が極力公務を減らして自由な時間を彼に与えてくれていた。しかしながらそうした自由な時間のなかで未来の妃を探すという使命をも仰せつかったシン。執務室に積み上げられた釣書は手つかずのままだ。

「夢を見ていた。」
「また、でございますか?」

傍づきの女官に空いた器を持たせると、人払いするよう耳打ちをしたコン内官は、両手で顔を覆ったシンを静かに見つめた。

「あれは、僕なのか?」
「・・・」

「彼女は誰なんだ?」
「殿下・・」

毎夜のように見る夢の中で、自分は一人の可愛らしい女性と親しげに話している。
そして彼女に逢うたびに心が大きく乱れていくのだ。
夢の中での出来事なのに、この腕で抱きしめた柔らかい彼女の軀の感触や、しっとりとした唇の感触が生々しく記憶として残っている。

「まるで何かにとり憑かれた感じだ。可笑しいだろ?コン内官。夢の中の女性に恋をするなんてこの僕もとうとうおかしくなった・・・か?」

自虐的に笑うシンを見てコン内官は困った表情をした。
主君に忠実なこの従者は、今こそ本当の事を言うべきか否か大いに迷ってはいたが、意を決するように頷くと手元にあった古い書物をシンの目の前に静かに置いた。

「なんだ?これは・・・」
「殿下。是より私が申し上ます事の真偽は、殿下ご自身でご判断くださいませ。」

「うん?」
「代々東宮様に仕える内官には、守るべき古よりの切諌がございます。」

「切諌?」
「はい。もし東宮様が一人の女性を心から愛されたのなら、どんな身分の方であろうともその方を必ず全力でお守りしろ・・・と。」

「心から一人の女性・・・を?」
「さようでございます。」

古い書物を手にしたシンを見たコン内官は、寝室を静かに退室した。

歴代の東宮に仕えた内官の記録を紐解いても、皇太子自ら誰かを愛して妃にしたという記録はない。
皇太子妃は、歴史に君臨した有力者の子女や王族の推薦を受けたものなどがその座に据えられるのが当然の盟約であった。現、皇帝陛下も王族の推薦でシンの母であるミン妃殿下を娶った。だから身分違いの恋などはありえないのだ。
きっと殿下の見る夢は、古の何かが作用しているに違いない。それならばあとは殿下自身がお決めになることであって、自分は全力でただお守りするだけなのだとコン内官は呟いた






「李・眞。記録によると皇帝にはならなかった世子の日記・・・か?」

墨の匂いが染みついた古い書物。
ハングルではなく漢字でびっしりと記されたそれは、なぜかシンにとって初めて見るものではなく、むしろ自分の物のように懐かしく感じられた。
薄い紙を剥がすようにして読み進めていくうちにシンの頬に大粒の涙が流れ始めた。

深い愛情で結ばれていた相手への想い。
正妃の相手への仕打ち。
父の皇帝の命令により大切な相手が死に至らしめられた事。
そして、自らの命を絶つ事を選んだ。

いつしか日が傾き東宮殿の窓に夕日が差してきた。
書物を閉じてガウンをはおり寝室から出たシンは、テラスにあるベンチに深々と腰を下ろすと紫色が混じり始めた空を見上げた。

「今夜は半月か・・・・・・『月が満ちたら君を見つけられる。どんなに隠されても月は君を探し当ててくれるのだ。』・・・・か。李・眞。貴方の想いはこんなにも激しく深かったのか。僕は貴方を羨ましく思う。」

女官の話しによると禁婚令が発布されたと聞く。
大昔の禁婚令が現代においてなんの効力もないことぐらい誰でも知っているのに、伝統に則って遂行されるべし、という理由だけで発布された。

「皇太子の婚姻もただの行事に過ぎない。つまりは、妃は誰になっても変わらないってことだ。」

シンの頭の中で何かが弾け飛んだ。
女官を呼ぶ間もなくどんどん酷くなる痛みに耐えかねてシンはベンチからテラスへ転げ落ちた。
うっすらと開いた瞼の先には白く輝き始めた半月が静かにシンを見下ろしていた。









「だいぶ綺麗になったな。」
「シン!」

顔に染料をつけたまま不意に現れた眞を嬉しそうに見上げるチェギョン。
最近ではこうして不意に現れるのも彼の癖なんだと変に納得しているチェギョンは、今描いたばかりの壁から離れると筆をおいて腰に両手を当てた。

「えへん、いかがですか?お望み通りの文様でしょう。」
「ああ、とても素晴らしい。」

「これね、古代蓮なんです。まっ白で綺麗でしょ?」
「そうだな、白はいい。穢れを知らないお前のようだ。」

「あら?それって誉め言葉ですか?」
「そうだ・・・」

眞は腰に当てたチェギョンの両手を優しく外すと自分の口元へ運びキスをした。
彼の思いもよらぬ行為で頬を真っ赤にしたチェギョンにはお構いなく、その華奢な軀を胸の中へ引き入れる。

「お前を初めて見た時、心臓が止まるほど驚いた。」
「うん?いつ?」

「ずっと昔、いや大学で・・・だ。」
「大学?私、気がつかなかった。」

「・・・すぐお前だと判った。どうやって近付こうか、いろいろ悩んだ。」
「まぁ・・だからストーカー?」

「ストーカー?・・・か。ま、悪くない。」

ゆっくりとチェギョンの瞳を覗き込む眞。

「お前の全てが愛おしい。」
「シン・・・」

「私が私でなくなったとしても必ずお前を愛するだろう。」
「え?どういうこ、、、」

眞の唇が彼女の言葉を遮った。

自分が自分でなくなったとしても自分の想いはずっと続いていく。
愛するのはシン・チェギョンただ一人。
どんな事が起きようともこの想いは永遠に続くのだ。

優しく労わるようなキス。
シンのキスに自分の心が満たされていく。
皇太子なのに、
身分が違いすぎるのに、
逢ったことも無かったのに、
だけど、
だけど哀しいくらいに懐かしい。

掠めるようにして彼女の髪にもキスをした眞。
離れていく彼の胸を名残惜しそうに見つめる自分に気がついてチェギョンは動揺した。

(この果てしなく恥ずかしい状態から抜け出すには、話題を変えなくては・・・)

真っ赤になった頬を見られないようにして、慌てて壁際に進んだ。

「・・・・・ここのシミって、いくら上から塗りなおしても貼り直しても駄目なんです。」

平静を装い絵筆を持ったチェギョンは薄汚れた壁に触れた。

大きく壁を切って作られた窓。
もう日が落ちてしまったのだろう。
白く輝く月が窓の上方に現れる。

眞は壁際に膝をつくと愛おしそうに茶褐色に汚れたその壁に触れた。

「大丈夫。ここに大きな白い蓮の花を描くといい。そうすればシミは消えるだろう。お前の頬の痣が消えるのと同じように・・・・・・・・・・・・・・・・・想いが重なれば。」

眞の最後の言葉はチェギョンには聞き取れないほど小さなものだったが、白い蓮の花を、という眞の言葉にチェギョンはにっこりと笑った。

「満月までにはここも元のように綺麗になるから。楽しみに待ってて下さいね。」
「ああ、待ってるよ。じゃ、私は用事があるから、もう邪魔はしない。頑張れ。」

引き寄せた彼女の頬にキスを落とした眞は立ちあがると、手をあげて部屋を後にした。
そんな彼の後ろ姿を見送ったチェギョンはほうっとため息をついた。

考えれば考えるほど判らなくなる。
彼は皇太子なのだ。
そう、皇太子。
禁婚令も出て、もうじき妃が決定する筈。

「満月がタイムリミット・・・・かな。きっと皇太子の気まぐれ・・・・よね。」

自分でそう言っておいてかなり落ち込んだチェギョンはのろのろと道具を片づけ始めた。

皇太子という特殊な立場上、制限も多い。
結婚を前に恋愛ごっこもしたかったのかも。
でなければ一庶民の自分に興味を持つなんてことはしないに違いないし、必要以上の人払いだってしない筈。
ほんの僅かの間、王子様との恋愛ごっこができただけでも上々。
ガンヒョンに話したらきっと目を剥いて驚くに違いない。
本気で好きになってしまったら取り返しがつかなくなる。

「私はただの宮の職員。分をわきまえなさい。」







すでに用意されていた夕食を食べ終わったチェギョンは、灯りの消えている彼の部屋をチラッと覗いたあとベットにダイブした。
皇太子の気まぐれと決めつけてはみたものの、自分の心はとうに彼に持っていかれている。
彼に逢えば逢うほどざわついた気持ちは抑えようがなく、心を落ち着かせるためにギュッと唇を噛んで目を閉じた。しかし、どうしても眠る事が出来ない。
ソロリとベットからはい出したチェギョンは、パジャマのまま小部屋を出た。
弱い月明かりを頼りにしながら以前迷子になりそうになった小道をほんの少し進む。

「ここってソウルよね・・・にしても静かすぎるわ。だからいろいろ考えちゃうのよ。ああ、屋台でガンヒョンとオデンでも摘みながら、焼酎をくーっと飲んだら気分が晴れるんだけどな。おっと、いけない。これ以上進んだら迷子になっちゃう。戻らなくちゃ。」

踵を返して慌ててチェギョンは古い洋館へと引き返す。

「あれ?なんか変・・・何かあった?」

古い洋館に向かってたくさんの女官達が急ぎ足で向かっている。
彼女を追い越す女官はパジャマ服のチェギョンに全く気がつかない様子だ。
チェギョンは胸騒ぎがした。
こんな夜更けに女官が大勢集まるなんて隣の洋室にいる筈のシンになにかあったに違いない。
慌てて駆け出したチェギョンは洋館に飛び込んだ。


(え?!)


広間にはたくさんの燭台が灯りとても明るい。
しかし、日中いつも目にする広間とは格段に違っていた。
真新しい大理石の床。
重厚なビロードのカーテン。
女官が慌てて入っていく洋間の壁紙はチェギョンがまだ手掛けている途中であったはずなのに、見事なまでの睡蓮の文様が燭台の灯りによって浮き上がっている。
驚いたチェギョンがぐるりと見渡したその一番奥。
大きく切られた窓の傍。
まっ白い衣を纏った一人の女性が、粗末な敷物の上に俯き加減で座っていた。

「皇帝陛下よりの下賜である。ありがたくお受けするように。」

時代遅れとしか思えないような尚宮の格好をした年老いた女性が、丸くて浅い器を座っている女性の目の前に置いたようだった。
窓から入る月明かりに浮かび上がった女性の顔を見てチェギョンは驚いた。


(あの時の・・・・)


自分とそっくりなその女性は、震える手で器を掲げると一気に中の液体を飲み干す。

「いつまでも、いつまでも愛して・・・います。」

そう呟いた唇がたちまちこわばり口からは真っ赤な血が迸り出た。
みるみる白い衣は赤く染まり、最後に吐いた血は飛び散って美しい文様が描かれた壁までを赤く染め上げる。


(なんて事?!どうしてっ!!)


「そこをどけっ!チェギョン!チェギョン!」
「殿下、なりませぬ!」

「どくんだ!」
「陛下の思し召しであらされますっ!チェギョン様は謹んでお受けになった。もはや・・・」

大勢の女官達が洋室を埋め尽くす。
激しい頭痛と吐き気がしてチェギョンは胸を押さえた。


(毒を飲まされた・・・の?そんな、酷い・・酷い、わ。)



次から次へと涙が溢れる。
両手を床についてその場でチェギョンは気を失った。













To be continued ・・・・
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Author:hana
韓国ドラマ【宮】をベースにした妄想話を綴っています。王道ありパラレルあり、風の吹くまま気の向くまま…

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