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ゲッカビジン (前篇) その3

シンは黙って開き始めた月下美人の写真を撮り始めた。
シャッターを切る音だけが、温室の中に響き渡る。やがて、写真を撮りながらシンはチェギョンに声を掛けた。

「お前、今の住まいは何処だ?弘大か?」
「いえ、慶煕宮です。」
「慶煕宮?あそこは・・・」
「下宿しているんです。」

チェギョンの言葉にシンは驚いたようにカメラを外した。

「げ、下宿?あそこは王室の者しか住めない所だ。そこはユルに貸し出したと聞いている。そこに一緒に住むなんて・・・・」
「ちょ、誤解しないでください。ユル君と私は幼馴染です。他にも学生が下宿しています。私は好意で置いてくれているだけで・・・・それに『ユル』ってあなた護衛のくせにそんな言い方よくないんじゃないですか?」
「俺は『護衛』じゃない。」
「じゃ、何者ですか?あんな夜に景福宮にいるなんて・・・・護衛以外に・・・」

「もう、此処を閉める。もういいだろ?」
「え?ええ・・」

チェギョンの質問には答えず、温室を閉めるとシンは通用門の方へ歩き出した。

「じゃあな。無礼な水原出身。」
「だから・・・なんで無礼なんですかっ?」
「知りたかったら、また此処へ来るんだな。当分の間俺は此処へ通うから・・・」
「な・・・貴方の方が無礼じゃない。意地悪ね。」

チェギョンはシンの後ろ姿を睨みつけた。気がつけばだいぶ時間が経っている。ユルとの約束を思い出したチェギョンはカバンを抱えると駆けだした。






慶煕宮。
慌てて戻ったチェギョンは共同リビングへと急いだ。テーブルの上にはバースディケーキとグラスがいくつか並んでいる。ユルがにっこり笑ってチェギョンを自分の目の前の椅子に座るよう促す。

「ユル君・・・・ごめんね。皆さん、待たせたかな・・・」
「いや、誕生会は僕と二人だけになった。」
「えっ?」
「テファン達は遠慮するってさ・・・」
「遠慮?ユル君とそんな仲じゃないのにね。」

シャンパングラスにピンク色の発泡した液体を注いでいるユルの手が止まった。

「そんな仲・・・じゃないって・・・」
「だって、幼馴染でしょ?みんなそんな事知っている筈なのにね。今更・・・」
「・・・・・」

チェギョンはグラスを手に取り微笑んだ。

「ユル君、ありがとう。これからも宜しくお願いします。」
「・・・あ、ああ・・・チェギョン、お誕生日おめでとう。」

カツンとグラスを鳴らして美味しそうにシャンパンを飲むチェギョンの右腕を、ユルはじっと見つめた。白い肌にやがて1本の古い傷跡が紅く浮き上がってくる。いつも見慣れている傷だったが、改めてその出来た訳を聞いたことはなかった。

自分が水原に行く前の事。
出逢う前のチェギョンの事はなにも自分は知らない。
今は急がない。
ゆっくり、だ。
チェギョン・・・・

ケーキの蝋燭を吹き消す彼女の可愛らしい口元を、ユルは見つめていた。
















東宮殿、執務室。

「コン内官。」
「はい、殿下。おかえりなさいませ。」
「訊きたい事がある。」
「何でございましょう?」
「私が水原にいた頃の事だ。屋敷の隣は誰が住んでいた?」

「殿下が水原にいらっしゃった頃でございますか。あの辺りは王族の方々多く住んでらっしゃいました。殆どがイ姓を名乗っておりましたが、一軒だけ、シン姓を名乗る家が隣にございましたな。可愛らしいチェギョン様というお子様がいらっしゃって、それはもう殿下とよく御遊びになられていました。しかしながら、あの時は本当に大変でございましたね。お二人とも血だらけになって・・・皇后様はそれはそれは驚かれて卒倒されたのでございます。」

「・・・・」

あの幼かった日々が懐かしく目の前に拡がっていく。
そうだ、自分はあの子が好きだった。
あの子と手を繋ぎたくて・・・・
あの子を助けたくて・・・・・・

ヒーローになり損ねた。

「月下美人の鉢をもらったと言っていた・・・彼女があの子なのか?」

チェギョンとの会話を思い出してシンは笑った。

「しかし・・・・いまどき、韓国皇太子の顔もわからないなんて、相当の『もぐり』だよ。本当の俺を知ったらあの子は一体どうするだろう。」

シンは机の上に置かれた黒縁の眼鏡を手に取ると、レンズの入っていないフレームに指を掛け、くるくると回した。










『ムグンファコチ ピオッスムニダ・・・・チェギョン、動いたぞっ!』
『あーん、目が後ろにあるでしょ。意地悪ぅ…』
『危ないっ!・・・・チェギョン!』

チェギョン・・・
チェギョン・・・
チェギョン・・・

誰なの?
貴方はだれ?




「チェギョン!遅れるぞ。僕は先に行くよ。」



ドアの向こうでユルの声がした。慌てて飛び起きたチェギョンは髪を撫でつけドアを開ける。チェギョンのパジャマ姿を見たユルは思わず顔を赤らめ背けた。

「ユ、ユル君!5分・・いえ3分待ってお願い。」

ドアを開けたまま着替えを始めようとするチェギョンにユルは慌て、ドアを閉めると大声で言った。

「わかった、3分だけ待ってやる。」
「あ、ありがとう!持つべきものは幼馴染だわっ!」
「おさな・・・なじみ・・・ね。」

ユルは両手を組むとドアに凭れて立った。


いつになったらこのお姫様は僕の事を王子様として見てくれるのだろうか・・・・ナイトの役はもうご免だよ。


ユルを押しのけて開いたドアの向こうに、牛乳を飲みながら出て来たチェギョン。コップをカウンターに置いてユルの方を振り向いた。

「お待たせ、3分で出来たよ。」
「チェギョン・・・お前・・・」
「え?何?」
「・・・・付いたままだ。牛乳・・・・」

ユルはチェギョンの頬を抑えると親指で彼女の唇の周りを拭った。

「へぇ・・・朝からお熱いね~」
「テファン、冷やかすな!」
「もう、違うんですってば!テファン先輩!」
「おっ!チェギョンも赤くなった、隅に置けないなぁ・・・・」
「ユル君、早く行こう。もう・・・・」

顔を赤くしたチェギョンはユルの腕を引いて、外へ出た。

「もう、テファン先輩、意地悪なんだから・・・」
「そう言うなよ。悪気はない。」

ユルは膨れたチェギョンの頬を見て笑った。

「そうかなぁ・・・・・ね、ユル君。今日、夕方あいている?」
「夕方・・・うーん、大丈夫だと思うけど、どうした?」
「あのね・・・医学部の・・・温室に行きたいの。」
「チェギョン・・・またあのサボテンか?」
「もう、そうじゃなくて。」
「・・いいよ。花が咲くのは夜になってからだろう?花が咲きだしたらメールで僕を呼ぶといい。図書館にいるから・・・」
「うわっ!サンキューユル君。大好きっ!」
「お前なぁ・・・そんな所で使うなよ。」
「何が?」
「もう、いい・・・」

大学行きのバスが来て、ユルはチェギョンを引っ張ると満員のバスに彼女を押し込み、傍に立って庇うように空きスペースを作る。ユルの気持ちを全く感知しないチェギョンはにっこり笑って彼を仰ぎ見た。








空に一番星が輝きだす頃、温室の中は芳しい香りに満たされてくる。チェギョンはじっと開かれていく蕾を見ながら携帯をバックから出した。

「ユル君にメールしなく・・・・」
「おい。」
「あっ!」
「教授に鍵を借りたってお前だったんだな。全く・・・」
「い、いいじゃない。貴方に会いに来たわけじゃないわ。」
「へぇ、今度はタメ口か。たいしたもんだな、上級生に向かって・・・・シン・チェギョンさん。」
「ど、どうして私の名前知っているの?」

シンはコトンとカメラをベンチに置くと、チェギョンの体をいきなり引き寄せ、右腕を灯りの下に曝した。

「な、何するのっ?」
「やっぱり・・・そうだ・・・」

シンはチェギョンの右腕の傷を確かめると、彼女の黒い瞳を懐かしそうに覗き込んだ。



月下美人の香りが二人を引き会わせたのか、古い傷の疼きが遠い記憶を呼び起こさせたのかは解らない。東宮殿にある月下美人の蕾はまだ小さい。この蕾がやがて大輪の花と成るのはそう遠くない未来・・・
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Author:hana
韓国ドラマ【宮】をベースにした妄想話を綴っています。王道ありパラレルあり、風の吹くまま気の向くまま…

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