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WAVE~遙か遠い日々・・・1


1990年7月、済州島別荘地。

ソウルの喧騒から逃れ、リゾート地、済州島の別荘へ避暑に訪れていたイ・ヒョンは、ずっと前から考えていた事を実行に移そうとしていた。
それは、妻への密かな小さな復讐。
金持ちの一人娘として育った妻ミンは、端からみれば申し分ない妻であり、二人の息子の母でもあった。しかし、ヒョンはそんなミンに、ある日を境にして拭いきれない疑いを持つようになる。





ソウルで一、二を争う総合病院の後継者ヒョンが、久しぶりに仕事を早く終えて自宅に帰った時だった。頑丈な門には鍵がかかっており、ヒョンは仕方なく呼び鈴を押した。

「こんな日に限って鍵を忘れるとはな・・・・どうしたんだ?誰もいないのか?ヨンさん・・・買い物にでも出たか?」

ヒョンは仕方なく家政婦のヨンが戻るのを車の中で待つことにした。妻のミンはいつもボランティアと称しては、あちらこちらと飛び回っている。社交的で家の中に閉じこもることが嫌いなミンは、何かと用事をつけては毎日外出していた。
ヒョンもそんなミンを咎めることもなく、義父との良い関係を保つために黙認を決め込んでいたのだった。

「だ、旦那様・・・ど、どうして・・・・ここに・・・・・」

駐車場に止まっているヒョンの車を見て、帰ってきた家政婦のヨンは必要以上に驚いた。

「どうして・・って鍵を忘れたんだ。ヨンさんの帰るのをここで待っていてよかったよ。さあ、入ろうか・・・」

ヒョンは、車に鍵を掛けるとヨンの後ろから門に近づいた。

「だ、旦那様、少々此処でお待ち下さい。玄関やら廊下やらまだ片付いておりません。も、申し訳ございません。お、お待ちを・・・・」

慌てふためいて玄関への階段を一段飛びに上がっていくヨンの姿に、ヒョンは只ならぬものを感じた。

「構わない。片づいていなくとも私の家だ。」

ヒョンは慌てて先を行くヨンの傍をすり抜けて、玄関のドアノブを回した。


「だ、旦那様!!」


ヨンが大声で叫んだ。
二階で部屋の扉が開いたような音がした。

「ヨンさん、ミンはいるのか?今日は確か教会へ行くと言ってなかったか?」
「あ・・・あ、あの、その、お、奥様は・・・・・」

しどろもどろのヨンを横目にヒョンは二階への螺旋階段を駆け上がった。


「ミン!いるのか?」


寝室のドアを勢いよく開けるとそこには髪を必死で撫でつける妻ミンの姿があった。

「どうし・・た?」
「あ、ええ・・・・少し・・・少し頭が痛かったものですから、休んでいましたの・・・」

ミンはヒョンと顔を合わさないようにして下を向いた。ハラリと落ちた一筋の髪から、白ユリの香りが拡がる。ふとヒョンは妻の首筋にほんのりと紅く浮き上がる痣があるのを認めた。

「そう・・・か、では、もう少し休むといい。あとで薬剤師に薬を持って来させるから・・・そこへ寝て胸を開いてご覧。診るとしよう・・・・」
「あ、あなた・・・そんなことしなくてもいいですわ。こうしてもう治りましたから・・・」

ミンは化粧台に座ると髪を梳かし、ルージュを引いた。ベットに座ったヒョンは、なんとなく言葉で表せない違和感を感じた。


香り?
シトラス・・・の・・・・


ヒョンは、鏡に映るミンの顔をじっと見つめた。

「もうすぐ、シンとユルが幼稚園から戻る時間だ。迎えに行けるのか?」
「ええ・・大丈夫ですわ、あなた。」

ミンは鏡に映りこむ夫の姿に頷いた。















「ママ!」

3歳になるユルが波打ち際で大きな貝殻を拾って嬉しそうにミンの傍へ駆け寄った。ビーチパラソルの中で息子を愛おしそうに見ていたミンは、起き上がってユルの掌の中にある白い貝殻を手に取った。

「まあ・・・綺麗ねぇ・・・ユルはほんとに綺麗な貝殻を見つけるのが上手い事。」

両手を叩いて喜び、眩しいほどの微笑みを湛えるミンの様子をヒョンは別荘のテラスから眺めていた。

「そのほほ笑みは本当は誰に向けたものだったんだ?私に向けたものではなかったことは確か・・・だ。」

ヒョンは携帯のボタンを押しながらテラスから戻りレースのカーテンを引いた。

「もしもし、そうだ、私だ。無事生まれたか?そうか。母親は?・・・・・わかった。」

ヒョンは身なりを整えると部屋を出て廊下へと進んだ。

「あっ?父さん。どこへいくの?」

5歳になるシンが両手にノートを抱えながら父親のヒョンを見上げた。まっすぐにヒョンを見つめる瞳。ヒョンは思わずシンの視線を避け、なお一層その歩みを速めながら言った。

「シン、父さんはこれから島の診療所へ行かなければならない。父さんの友達が手を貸して欲しいって言って来たんだ。」
「ふーん・・・・お仕事・・・なの?・・・・せっかくのお休みなのに・・・僕、父さんに教えてもらおうと思ったのに・・・」

シンは残念そうにノートを抱きしめて頬を膨らませた。ヒョンは急ぐ歩みを止めて、うつむくシンを眺めた。

「ごめん・・・な。すぐ・・すぐ戻ってくるから。そうしたら何でも教えてあげるぞ。」

ヒョンはシンの頭をポンポンと叩くと外へ出て行った。車のエンジン音が聞こえ次第に遠ざかって行く。
シンは父の部屋へと向かった。

「僕・・・・父さんみたいなお医者さんになりたいんだよなぁ・・・」

机の上の父の医学書にそっと手を触れてシンは微笑んだ。













木立の中を走り抜ける白いベンツ。エンブレムの先の視界が急に開けた。崖の上の急カーブを見事なハンドルさばきで進んでいく。視界の先には何処までも続く碧い海。その煌めく海原を横目でやり過ごしながらヒョンは友人のチソンの言葉を思い返していた。


『ヒョン・・・お前本気・・・か?』
『ああ・・そうだ。此処までお前に話したんだ。もう後戻りはできないぞ。』
『ヒョン、しかし・・・・ミンさんには酷い仕打ちだ。お前・・・後悔するぞ、と言うよりは罰が当たるかもしれない。俺はそんな片棒を担ぐのは嫌だね。』
『おい、チソン。もう話はしたって言っただろう。それに、彼女はそう永くない。今回のことで命を落とすかも知れない・・・・・それに生まれてくるのは女の子だ。』
『ヒョン・・・』
『半分は俺の血が流れているんだ。かえってミンに話す事の方が酷じゃないか?』
『お、俺はどうなっても知らないぞ!』
『ああ・・・責任は俺が取る。だけど、取り上げるのはお前だからな、お前に全てを委ねる。』
『・・・・・』


無事生まれたと聞いた。
ミン、私はお前の裏切りにほんの少しの仕返しをするつもりだ。
その花のような微笑みの下にどんな欲情に駆られた別の顔を持っている?
その手で何度、他の男の肌に触れた?
私はどうしても許せないのだ。

だから・・・・私も・・・





最後の急カーブを曲がると小さな田舎街に出た。その町はずれにある小さな診療所の前の駐車場にヒョンは車を停めると、足早に『休診中』と札の掛かった診療所の中に入っていく。
一番奥まった院長室のドアを勢いよく開けると、そこには生まれたばかりの赤ん坊を抱くチソンと、僅かな隆起に白い布がかけられたベットが一つだけあった。


「やはり・・駄目・・・だったか・・・・」
「ヒョン・・・生んで、すぐだった。彼女の最後の言葉お前に伝える。『この子を愛してほしい』・・・そう言った。」

「・・・・・」

「いいな!ヒョン。彼女の気持ちを考えろ。いくら奥さんが憎くても、この子には罪はない。それをお前は・・・・」
「チソン、世話になった。養子縁組の書類、お前のサインもあとで頼む事になるだろう。じゃ、もう行く。ここに長居は出来ないだろう?街の連中の目もある。ここでへんな噂でもたったら、面倒だ。そのためにわざわざ済州島まで来たんだからな。」

ヒョンはチソンから赤ん坊を取り上げると、その小さな儚い顔をのぞきこんだ。

「可愛い・・・な。」
「ああ、そうだ。大きくなるにつれて彼女に似て来るだろうな・・・ヒョン、手続きが済んだら、もう俺とは会わない方がいい。お前もそう思っているだろう。ここでの事は俺達だけしか知らない。」
「ああ、チソンそうしてくれ。彼女は・・・・」
「俺がねんごろに弔ってやる・・・・・いいか、その子はお前が愛してやれ。分かったな?それと・・・」


ヒョンはチソンの言葉を最後まで聞かず、診療所を出ると急いで赤ん坊をバスケットに入れて車のエンジンを掛けた。

「ヒョン!安全運転だ!飛ばすな!」

白いベンツの車は猛スピードで今来た道を戻っていく。




二男のユルを出産したあと、妻のミンには子宮癌がみつかり子宮を全摘出した。
女の子が欲しかったのに・・・と何度ミンに言われたか知れない。息子達がまだ小さいうちに女の子の養子をもらい受け、育ててみたいと言っていた。

そう、こんな渡りに船はない。
ラッキーなことに、死んだ彼女が生んだのは女の子だった。
車の揺れに動じないのか、助手席のバスケットの中ですやすやと眠っている。
名前を・・・名前をつけてあげなければ。

「・・・・チェギョン。そうだチェギョンと名付けよう。」

ヒョンは大きく頷きハンドルを握り締めた。









「ヒジンさん・・・・貴方の願いどおりアイツには貴方の言葉を伝えた。これでよかったのかい?・・・・・・本当にこれで?」

チソンは白い布の上に白いユリの花を一輪手向けた。


ヒョン、お前にはもう二度と会いはしないが、罪の重さで俺の心がどうにかなってしまいそうだ。
真実は・・・・お前さえ知らない真実は・・・この碧い海の底に沈めておく。
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Author:hana
韓国ドラマ【宮】をベースにした妄想話を綴っています。王道ありパラレルあり、風の吹くまま気の向くまま…

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