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ゲッカビジン (後篇) その1

月下美人の花言葉は、『儚い美』『儚い恋』『強い意志』そして『ただ一度だけ逢いたくて』。
懐かしい気持ちが愛しい気持ちへと変わる時、何を想うのだろう。

ただ、逢いたくて・・・
ただ、触れたくて・・・
ただ、この手に抱きしめたくて・・・





王立大学図書館。
ユルは、スタディルームの席を立ちあがった。窓の外は既に日が落ちて夜闇がもうそこまで迫っている。借りた本を戻し、カバンを持つと携帯電話を取り出した。しかし、ボタンを押そうとしてその手を止める。きっと夢中になって月下美人の開花を彼女は観ているに違いない、呼び出し音は邪魔になる・・・・そう思ってポケットにそれを押し戻した。
医学部の温室まではそう遠くない。月下美人を一心不乱に見詰めるチェギョンはとても可愛くて、そんな彼女の姿を見るのは大好きだ。月下美人という名前は勿論知っている。あえて彼女の前で『サボテン』と言うのは、月下美人に嫉妬していたからだろう。
いや、チェギョンを夢中にさせる、この花を置いていった『名前も知らない男の子』に嫉妬していたのかもしれない。毎年、夏に咲くこの大輪の花。繰り返し繰り返し自分の心を悩ませる。

「ああ・・・咲き始めたな。どうもこの匂いは好きになれないよ。君があの花を愛でるたびに、僕は根元から切り落としたくなる。」

ユルは温室の前に佇むと扉に手を掛けて、彼女を驚かそうと静かにその体を温室の中へ滑り込ませた。だが、温室の中に居たのはチェギョンだけではなかった。ユルの視界に飛び込んできたもう一人の存在。

「・・・シン。」

なぜ、ここにシンがいるのか。
どうしてチェギョンと親しそうに話しているのか。

「あっ!」

ユルは小さく叫んだ。
シンがチェギョンを引き寄せ彼女の腕を掴んで、その白い肌に触れている。
≪何をするの!≫というチェギョンの叫び声にユルの軀は、二人の前に飛んでいた。

「チェギョン!」

ユルの声にチェギョンを覗き込んでいたシンの動きが止まった。

「おやめ下さい!その子は貴方の周りにいる女性とは違います。その手を離して下さい!」
「ユ・・ユル君?」
「チェギョン!行こう。もういいだろ?・・・失礼します。」

ユルはシンに素早く頭を下げると、シンに掴まれたチェギョンの腕を引っ張り駆けだした。
ユルはチェギョンの腕を掴んだまま温室の扉をくぐり抜け、そのまま大通りに出るとバス停まで押し黙ったまま歩いていく。

「ね、ユル君?その手を離してくれる?い、痛いの・・・・」
「あ、ごめん。」

チェギョンの言葉にハッとしたユルは慌てて彼女の腕を離した。バス停に着くとユルはベンチに腰を降ろして握りこぶしを膝に置き、厳しい表情で真向かいのビルを睨みつけている。

「チェギョン・・・」
「なに?」
「君はあそこで何をしていたんだ?」
「あそこって温室で?」
「そうだ。」
「月下美人を見ていたらね、護衛さんが・・」
「護衛?」
「ああ、景福宮の護衛さんなの。大学生の護衛さんているのかしら・・・あっ、もしかしてアルバイト?だけど、あれ?ユル君、さっき敬語使っていた・・・・同じ3年生なのに・・・・・それに、周りにいる女性と違うって一体何の事?」
「・・・・・」
「ユル君、知っている人なの?」
「・・・・いや。それよりチェギョン、最初から一緒・・だったのか?」
「ううん・・護衛さんが写真を撮りにあとから来たのよ。私の名前知っていたの。それにこう、こっちの腕を引っ張られちゃった。」

チェギョンは右腕をユルの目の前に差し出して不満そうに言った。

「チェギョン、もうあの温室には近づくな!」
「えっ?どうして?まだ蕾がたくさん・・・・」
「駄目だ!」
「ユル君・・・・」
「花が咲くのは夜だ。僕はいつも君の傍にいられるとは限らない。心配なんだよ。もし何かあったら、水原のご両親に頼まれている僕の立場が無くなる・・・」
「・・・・」

チェギョンは、ユルの隣に座るとバックを胸に引き寄せた。

「ごめんね、心配かけちゃったみたいね。わかったわ。ユル君が嫌ならもう行かないわ。」
「チェギョン・・・」
「今年はユル君のお陰で景福宮の月下美人も見れたし、もういいわ。また来年ね。」
「ああ・・・そうだ。また来年な。」

バスが来て二人は乗り込み一番後ろの空いている席に座りこんだ。慶煕宮までの15分、バスに揺られて隣に座ったチェギョンの頭が右に左に大きく揺れ始める。ユルはチェギョンの頭を自分の肩に乗せると目を閉じた。

これまでたくさんの≪もの≫をシンに奪われた。本当は僕のものになる筈だった全てを・・・
チェギョンだけは、彼女だけは・・・・渡したくない。








温室の中でただ一人佇むシンがいた。

彼女の右腕には傷があった。
古い傷だ。
やはり、あの時の傷に違いない。
シン・チェギョン。
君はあの時の女の子だ。

突然現れたユルの手によって、風のように自分の前から姿を消した彼女の残り香をシンは懐かしい思いで探した。

「月下美人の香りばかり・・・か。」

クスッと笑うとシンはその場に座り込んで、大きく開いた白い花を覗き込んだ。

「おい、お前の片割れは水原の空の下、花開いているのか?あの子の家で大きく育ったのか?俺はあの子のヒーローになりたかったんだ。幼いなりにもあの子を守りたかった。」

手にしたカメラを構えてシンは目の前の白い花に焦点を合わせた。
シャッターを何度も切る。左の甲に残る白い傷が淡い灯のなかで朧げに浮かんだ。写真を撮り終え、バックにカメラをしまうと立ち上がった。

「慶煕宮に下宿していると言ったな。ユルとは幼馴染だとも・・・ユル・・・アイツまるでこの俺を女たらしでもあるかのように言った。気に入らない・・・・」

温室の鍵を締め、研究室に戻るとシンはカメラを教授のデスクの上に置いた・・・が、ふともう一度カメラを手に取り撮った画像を確かめていく。

「あ・・・あった・・・」

あの温室に入る時、月下美人を眺めるチェギョンを無意識に撮った自分。フラッシュを焚かなかったせいか、画像は薄暗いが確かに彼女だ。
パソコンに繋いで彼女の画像をプリントアウトする。データーは消去してシンはその写真をポケットに突っ込んだ。

「何処の学部だろう?この俺を皇太子として認識していないのは彼女くらいだ。可笑しなヤツだ・・・・シン・チェギョン。」

シンは、正面玄関に向かい、迎えの御用車に乗り込んだ。

「殿下、いつもこうして下さると私共も安心です。お一人での運転は・・・」
「ああ、解っているよ、コン内官。」
「失礼しました・・・」
「コン内官。」
「はい?」
「調べてもらいたいことがあるのだが・・・コン内官も知っているだろう?シン・チェギョンという女の事。」
「え?チェギョン様でしたら水原に・・・」
「いや、大学に居るんだ。今年入学したらしい・・・」
「おお・・・そうでしたか、あのお小さかったチェギョン様が・・・私も歳を取る筈でございますね。」
「何処の学部か調べてくれないか?」
「チェギョン様・・・のですか?」
「ああ・・そうだ。」

シンはそう言って腕を組んで目を閉じた。コン内官は女性に特別の関心を持ったシンを見るのは初めてで思わず目を閉じたシンの顔をまじまじと見つめた。

「承知いたしました。明日中には殿下にご報告出来ると存じます。」
「ああ・・・宜しく・・・頼む。」










「では、始めて下さい、テーマの通りにしっかりと。今日は此処で解散とします。提出は一週間後・・・いいですね。」

幾人かのグループに分かれて絵画科の学生達が広い構内に散っていく。

「ね、チェギョン。何処へいこうか?」

大学に入って最初に仲良しになったヨンスが大きなスケッチブックを抱えて、チェギョンの前を歩く。

「あの教授ったら、『今を想う事』なんてテーマを課したけど、それって文学科のテーマじゃない。どうやったらテーマ通りに描けるのよ!」
「ヨンス、そんなに怒らないでよ。私だってどうしていいか解らないわ。とにかく書かなくちゃ。単位を落としたら大変だもの。一週間しかないのよ。」
「そうね・・今想うのは、素敵な画家になることよ。お金もジャンジャン入って、高く売れて・・・」
「もう・・・ヨンスったら・・・私、あそこへ行ってみる。いっしょにどう?」
「あそこ?」
「医学部の温室。」
「ああ・・・なんだか実験している所ね。私はパス。そこの噴水の所で考えるわ。水で儲ける話を考えているって事にして噴水を描いたらどうかしら。」
「ぷっ!それもいいかもね・・・・じゃ。」

チェギョンは噴水を通り抜けて図書館の隣にある温室へ向かった。

「ユル君にはここに近づくなって言われたけれど、夜の話よね。夜は危ないからって・・・・今は課題達成の為に此処にいるわけだし、怒られない筈よ。」

ちょうど演習があったのだろう。白衣の学生達が、ビーカーを片手に温室を出て行く。温室の扉は閉められずそのまま空いていた。

「良かった・・・・中に入れるわ。私が今想う事は、この花をくれたあの男の子の事と素敵な香りを放つこの花の事・・ちょっとだけスケッチさせてね。花は夜しか咲かないし、しっかり花の記憶は頭に入っているから葉っぱだけ・・・・」

チェギョンは咲き終わった花にそっと触れると夢中で描きだした。
温室に差し込む白い光がやがてオレンジ色になり、ガラスを通して屈折したその光はチェギョンの白いカンバスを紅く染め上げていく。夢中で描いていたチェギョンはふと温室の天井を仰ぎ慌てた。青空の筈だった天井は既に紫色と変わっている。

「あっ!いけない。もうこんな時間!ヨンス、どうしたかしら・・・」

チェギョンは、急いで片づけた画材を抱えるとヨンスがいる噴水に急いで向かう。図書館の曲がり角でチェギョンは誰かにぶつかった。

「うわっ!」
「ご、ごめんなさい・・・って、護衛さん?」
「よう、また逢ったな。なんだ?ものの見事に散らばったな・・・」

シンはチェギョンの足元に散らばった絵の具を拾い始めた。

「あ、いいです。自分でやりますからっ!」

懸命に拾うチェギョンの半そでのブラウスの下に傷跡が見える。

「その・・」
「えっ?」
「その右腕の・・・」

チェギョンは慌てて腕を隠すと立ち上がった。

「こ、これは小さい頃転んで出来た傷です。気にしているのに、無神経でしょ。」
「転んだくらいで出来る傷・・・か?」
「えっ?」

絵具を掌に持って俯くシンをチェギョンは不思議そうに見つめた。

「チェギョン、チェギョン、帰るわよ!もう、すっかり遅くなってしまったわ。描けた?」

ヨンスがチェギョンを見つけて薄暗くなっている噴水の所から叫んだ。

「う、うん。今いくわ。」

チェギョンはシンの手から絵の具を奪い取ると、ヨンスの元へ行こうと歩き出したがいきなりシンに右手を掴まれた。

「お前、覚えていないのか?」
「え?なにが?」
「この傷、何処で作ったのか・・・」
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Author:hana
韓国ドラマ【宮】をベースにした妄想話を綴っています。王道ありパラレルあり、風の吹くまま気の向くまま…

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