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ゲッカビジン (前篇) その1








月下美人、またの名を A Queen of the Nightという。
メキシコの熱帯雨林地帯を原産地とするサボテン科クジャクサボテン属の常緑多肉植物で、開花は夕刻から翌朝にかけて。強い芳香と白い花が特徴である。













春、首都ソウルにほど近い京畿道、水原。

「ムグンファコチ ピオッスムニダ!動いたっ!」
「あーあ、もう。そんなに動いてないよぉ・・・」
「駄目だって・・・・ほら、手を繋ぐぞ。」
「あーん、早く誰か助けに来てよう、テファン、ジウォン、誰でもいいよう。」

少女は仕方なく鬼役の少年の手を握る。少年はさっきよりももっと早く唱え始めた。

「ムグンファコチ ピオッスムニダ!」
「切った!逃げろっ」

雲の子を散らしたように子供達は逃げていった。

「1,2,3,4,5・・・・あっ!?」

少年の手から逃げ出した少女の体が大きく傾いて側溝の中に落ちていく。


「危ないっ!」


咄嗟に駆けだして少女を捕まえた少年もなすすべもなく、二人とも落ちていった。

「大変だぁ・・・二人とも落ちちゃったよー!」
「誰か大人の人呼んできてー!」

子供達は口ぐちに大声で叫んだ。

「だ、大丈夫?」
「い、痛いよぉ・・・」

少年は右腕を抑えながら泣きじゃくる少女の体を支えた。しかし、支えた少女の服が赤く染まる・・・・少年の左手の甲がばっくりと割れて其処からは血が滲みだしていた。

「ほら、立てる?」
「ここが痛いの・・・・」

少女の白いブラウスの袖が切れていて、血が滲んでいた。少年は自分の傷もそのままに少女の右腕から流れる血を止めようと必死になっている。

「おーい、大丈夫か?」

大人の声がして二人は、気が抜けたように座りこんだ。




「申し訳ありません、娘の為に・・・怪我をさせてしまいました。15針も縫ったなんて・・・・本当に申し訳ありません。」
屋敷の玄関には、少女の両親が立っていた。

「大丈夫ですよ、男の子ですから。それよりもお嬢さん、腕に傷が残るんじゃないですか?女の子なのに・・・」
「い、いえ・・・・本当にすみませんでした。」

少女の両親は何度も頭を下げていった。








夏、水原。

「ね、どうしてなの?どうして行っちゃうの?」

少女は少年に尋ねた。

「僕だって行きたくない。だけど父さんと母さんが言うんだ。今日からはソウルで暮らすんだって・・・伯父さんが死んでしまったからその代わりを父さんがするんだって・・・」
「・・・・もう・・・・会えないの?」
「わからない。だけどこれっきりじゃないから、きっと会えるから。大きくなったらきっと僕、会いに来るよ。ほら、あの時の目印、これさえあればすぐ僕だって判るだろ?」

少年は左の手の甲を少女に見せた。
縫い合わせた傷はもう殆ど癒えて、薄く盛り上がった其処が白く1本の筋となって浮き上がっている。

「ね、それよりも・・・これ、あげる。」
「なぁに?これ・・・・」
「夏の夜にたった一夜だけ咲く花なんだ。とってもいい匂いがするんだよ。まだ、小さいから花は咲かないけれど、何年かたって大きくなったらきっと咲くから・・・ソウルにいるおばあ様からもらって育てていたんだ。分けてあげる。」
「何て言う名前のお花なの?」
「月下美人っていう名前なんだ。きっと咲くから大事にして。」
「うん、わかった・・・・」
「じゃ・・・」

大勢の大人達に囲まれて少年は黒塗りの大きな車に乗り去っていった。大人達は恭しく頭を下げて見送っている。

「ママ・・・どこへ行ったの?」
「・・・チェギョン、もうあの子の事は忘れようね。遠い所に行ったのだから・・・」
「遠い所?」
「そう・・・・とても遠い所、よ。」
「うん。」

少女は手の中にある、素焼きの鉢を大切そうに抱えた。
程なくして、新しい住人が越して来た。出迎えた大人達は、また恭しく頭を下げる。母の手に引かれた少女は、大勢の大人達に混じって哀しそうな瞳をした少年を見つけた。あの少年と同じくらいの歳まわり・・・

「仲良くしてあげてね。まだお友達がいないのよ・・・どうぞ宜しく。」

美しい女の人の後に隠れていた少年は、少女に向かって軽く会釈をする。

「ね、『ムグンファ・・・』知ってる?」
「うん、知ってるよ。」
「じゃ、来て。みんなと遊ぼう。」

少女は少年の手を引いて路地裏へ駆けていった。そしていつしか、去って行った少年の記憶は次第に少女の記憶から遠ざかっていった。











15年後、春、水原。

「チェギョン、おめでとう。」
「今まで勉強を見てくれてありがとう、ユル君のお陰よ。折角の冬休み潰して私に付き合ってくれたんだもん。これからも宜しくお願いします、先輩!」
「そんなことないさ、チェギョンは美術学部だから果たして役にたったのかなぁ。」
「たった、たった、たちましたっ!」
「ぷっ・・・そうか?しかし、これからも・・って大変だな、君のお守りをしなくちゃならないからな。」
「お・・・お守って、もう子供じゃありません!」
「へぇ・・・・受験の時、教室に辿りつけなくて泣きべそかいていたの誰だっけ?」
「あ・・・そ、それは、ひ、広過ぎたのよ。王立大学があんなに大きいなんて知らなかったもん。」

チェギョンはサンルームに入って行った。ユルもその後からついて行く。

「随分大きくなったな、このサボテン。」
「また!サボテンっていわないで。月下美人っていってよ。ユル君たら決してお花の名前覚えないんだから・・・」
「別に覚えなくたっていいさ。去年は随分咲いたよな。」
「うん、だけど一晩だけなんて、可哀そうだわ。」
「可哀そう?」
「そう、毎晩咲いたら皆に気がついてもらえるのに、たった一晩でしょ?次の日の朝にはしぼんでしまうんですもの。」
「だけど、香りが強烈だ。眩暈がしそうじゃないか。」
「ふふ・・そうよね、だけどそれが唯一この花に許された行為なんだわ。」
「許された行為?」
「そ、こうやって芳しい香りを放って、『私は此処にいるわ、見に来て、見に来て』って言えるじゃない。」
「あはは・・・面白いな、チェギョン。」
「花言葉はね、『はかない美』とか『はかない恋』なの。」
「ふーん、チェギョンに似あわないなぁ・・・」
「ふん、悪かったわね。それから『強い意志』っていうのもあるのよ。」
「ああ、それはぴったりだ。頑固だからな。」
「あとはね・・・『ただ一度だけ会いたくて』っていうのですって。」

チェギョンは緑色の長い葉をそっと撫でた。











夏、ソウル。

「ね、シン・チェギョンさん?」
「はい?」
「貴方、大君殿下と随分仲がお宜しいようだけど、どんな関係なのかしら?」
「関係・・・ですか?」

講義室前の廊下で捕まったチェギョン、顕かに上級生と判る貫録の学生達。

「幼馴染・・・です。それだけです。」
「ふーん。そうなの、ホントね。」
「はい・・・」
「そう・・・ならいいけど、大君殿下なのですから必要以上に近づかないことね。」
「はい・・・」

チェギョンの前から去っていく女学生達。チェギョンは大きく溜息をついた。

きっとこの私が、ユル君が用意してくれた部屋で生活しているなんて知ったら、驚くに違いない。ユル君は大学進学とともに、慶煕宮に住む事を許された。自宅から通う事は困難であり、かといって景福宮に住むことは許されない。皇太后様であるおばあ様が空き家同然になっていた慶煕宮を開放してくれたのだった。ユル君だけでなく、テファン、ジウォンも同時に許された。そして今年、私も、ユル君の説得によって慶煕宮に住むことをになった。そのかわり、宮から派遣される職員の数が増えたらしいけど。
田舎にいた頃、子供達は平等で、友達で、気の置けない仲間だった。

「チェギョン、気にするな。君の亡くなったおじい様は立派な長老だったっておばあ様から聞いている。君は立派な王族だ。」

そう言うユル君に私は返す言葉がなかった。身分の違いなんて考えた事なかったから・・・今まで。












景福宮、迎賓宮。
韓国皇室皇位継承第一位の皇太子イ・シンは、口元を僅かに歪めて舌打ちした。

思えば少しおかしかった。
いつもは厳格な父も控えめな母も国内外の有識者を迎えての今夜の晩餐会を前にして、やけに上機嫌であり饒舌だった。両親にとって今夜の有識者達はことのほか大事にすべき者達。しかし、目の前の両親はそんな有識者よりも、若い招待客に心を砕いていたようだった。
今朝、俺が一番の信用を置いているコン内官から思わぬことを聞かされた。そう、今夜の晩餐会で俺の妃候補が多数やって来ると言う。一人や二人ではない。多数・・・だ。俺はその言葉を聞いたとたん、すぐ逃げ出したくなったが、そんな俺の想いをいち早く察したのか、この内官は東宮殿の周りの警護をことのほか固めるよう指図したらしい。お陰で俺は、晩餐会まで一歩も外に出る事もままならず、無駄に時間ばかりが過ぎ、とうとう女官達が用意したタキシードを着る羽目になった。
迎賓宮に仕方なく足を向けたが、運ばれてくる飲み物、食事、人々のざわめき、葉巻の匂い、香水の匂いに息苦しさを覚えテラスに出ようとした。しかし、コン内官に押しとどめられた。

「殿下、もうそろそろ妃候補の方々が並ばれます。順にお名前をお教え致しますので、御挨拶をお願い致します。」

「ちっ!」
逃げる間を逃した・・・・

会場の灯りが落とされ、俺にライトが当てられる。オーケストラの演奏が止み、ハープだけの演奏に変わった。陳腐な演出だ。気に入らない。
中央の扉が開いてぞろぞろとドレスを纏った候補者達が来る。全員が一列に並ぶとコン内官は俺にご丁寧に一人ずつ名前を教えていく。
退屈さで欠伸が出そうな所を何とか笑顔で噛み殺し、十数人の女性と挨拶を交わした。

「御機嫌よう・・・殿下。今夜はとても素敵ですわ。」
・・・・当り前だ。皇太子が素敵でなかったらこの韓国は終わりだ。

「御機嫌よう・・・殿下、今夜はお招きありがとうございます。」
・・・・有り難く思わなくてもいい。俺が呼んだわけじゃないから。

「御機嫌よう・・・殿下、今夜は素敵な月が出てますね。」
・・・・ふん、どうせなら雷雨になればよかったのに。

このうるさい女どもを一気に片付けるには・・・・・

「父上、ダンスの相手を決めるのに、お一人ずつ話をしたいのですが、此処は話をするのに少し賑やかすぎます。別室にお連れしても宜しいですか?」
「ああ・・・皇太子の好きなようにしなさい。」

俺はコン内官に耳打ちして、迎賓館の裏手にある古い殿閣に候補者達を移させた。
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Author:hana
韓国ドラマ【宮】をベースにした妄想話を綴っています。王道ありパラレルあり、風の吹くまま気の向くまま…

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